Research・arXiv:2607.08964より

数時間かかる仕事を任せると、最強のAIエージェントでも46問中5〜7問しか終わらない

最先端15モデルの平均完走率は1.7%。しかも1回の挑戦に平均990万token・85分かかり、失敗してもその原価は丸ごと消えます。ただしモデル名は非公開で、採点基準は著者自身の設計です
4行で要点
  • 最先端15モデルの平均完走率(採点100%)は1.7%。50問に1問も終えられません。最強だったモデルでも15.2%——46問中およそ5〜7問です(いずれも著者らの測定値)
  • コストが静かな本題です。1回の試行あたり平均990万token、約231エピソード、85.3分——失敗してもこれだけかかります
  • Long-Horizon-Terminal-Benchは、数分〜数時間かかるターミナル(コマンドライン)作業を9カテゴリで集め、1問を細かいサブタスクに割って部分点をつける学術ベンチマークです
  • ただし注意点も多い:46問9カテゴリという小さなサンプル、2026年7月のarXiv投稿で査読の記載はなし、モデル名は非公開、コード公開は「する」と書いてあるだけ、そして採点設計は著者自身の選択です
1 何が測られたか

デモで強いAIは、数時間の仕事でも強いのか

数時間かかる仕事を46問用意して、最先端とされる15モデルに解かせました。平均完走率は1.7%です。Zongxia Liさんを筆頭とする13人の研究チームがarXivに投稿したLong-Horizon-Terminal-Benchは、「AIエージェントに長い仕事を任せたらどうなるか」を測るために作られた学術ベンチマークです。

ここでいうエージェントとは、人間がコマンドを打つのと同じようにターミナルを操作し、自分でコマンドを実行して結果を見て、次の手を決めるAIのことです。従来のターミナル系ベンチマークが出す問題は、数秒から数分で終わる短いものが中心でした。この論文が用意したのは、数分から数時間かかる46問。カテゴリは9つあり、論文の要旨で名前が挙がっているのは、実験の再現、ソフトウェア開発、マルチモーダル解析、対話型ゲーム、科学計算の5つです(残り4つの名称は要旨には書かれていません)。

「実験の再現」というのは、他人が発表した研究のコードを実際に動かして、論文と同じ数字を出すこと。研究者なら誰もが知っているとおり、これは異様に面倒な作業です。環境が違う、依存関係が壊れている、書かれていない前提がある——そういう泥臭さが、まさに長時間タスクの本質でもあります。

POINT
この論文の狙い:短くて明確に定義された問題なら、いまのエージェントはかなり優秀に見えます。この46問は、その「見え方」がどこで崩れるのかを測るために、意図的にデモの真逆の性質——長い、曖昧、途中で状態が積み上がる——を持たせて作られています。
2 採点の作り直し

「終わったか、終わってないか」では、もう何も見えない

この論文でいちばん面白いのは、実はスコアではなく採点方法のほうです。従来のベンチマークは、最後の答えが合っているかだけを見ます。研究の言葉ではこれをスパース報酬(まばらな報酬)と呼びます。

数秒のタスクならそれで構いません。ところが数時間のタスクでは、ほぼ全部が失敗します。全部0点なら、モデルAとモデルBのどちらが優れているのかも、去年から進歩したのかどうかも、まったく分かりません。信号が消えてしまうのです。

そこでこの論文は、46問それぞれを細かいサブタスクに分解し、1つずつ採点しました。8割まで進めたなら0.8点。これがデンス報酬(密な報酬)、つまり「どこまで進めたか」を残す採点です。下の図が、同じ1回の実行が2つの採点方式でどう見えるかを示しています。

1 RUN / 10 SUBTASKS 8個まで完了 → ここで力尽きた 従来のベンチマーク(最終結果のみ) FAIL — score 0 終えた8個は、記録に一切残らない Long-Horizon-Terminal-Bench(密な採点) 0.80 0.95
同じ1回の実行。左の8個を終えた事実は、従来の採点では消えてしまう。密な採点なら0.80として残るが、それでも0.95の合格ラインには届かない。この1回の実行のコスト:990万token、約231エピソード、85.3分。
平たく言うと

マラソンの記録を「完走したか、していないか」だけで採る大会を想像してください。42km地点で倒れた選手も、スタート直後に棄権した選手も、記録は同じ「未完走」。これでは誰が強いのか分かりませんし、去年より速くなったのかも分かりません。この論文がやったのは、5kmごとにラップを刻むことです。ゴールできなくても、どこまで走れたかは残ります。

ここまで丁寧に信号を残す仕組みを作ったのだから、さぞ細かい差が見えたのだろう——と思うところです。ところが実際に出てきたのは、その工夫が霞むほど低い数字でした。

3 数字の実像

最強モデルは15.2%、15モデル平均の完全完了は1.7%

著者らは15の最先端モデルを評価しました。結果は、控えめに言っても厳しいものです。以下はすべて著者らの測定値、つまり自前の採点システムで出した数字です。

最強モデル・0.95以上(ほぼ完了)
15.2%
最強モデル・1.0(完璧に完了)
10.9%
15モデル平均・0.95以上
4.3%
15モデル平均・1.0(完璧に完了)
1.7%
いずれもpass@1(1問1回きりの挑戦、やり直しなし)。著者らの採点ハーネスによる測定値。

読み方を整理します。pass@1とは、1回だけ挑戦させて正解した割合のこと。「0.95以上」は採点対象のサブタスクを95%以上こなした場合を合格と数えたもので、「1.0」は完璧に終えたものだけを数えたものです。

最強のモデルでも15.2%。つまり46問のうち、およそ5〜7問しか合格ラインに届いていません。15モデルを平均すると4.3%、完璧に終えたのは1.7%まで落ちます。50問に1問も終えられない、というのが最先端とされるモデルの平均的な実力です。

そして15.2%と10.9%の差(4.3ポイント)は、「あと一歩まで来たのに、最後で終われなかった」問題の割合です。言い換えれば、46問のうち2問前後は、95%まで到達しながら最後の5%で崩れています。長時間タスクの難しさは、着手できないことではなく、終われないことに寄っている——少なくともこの採点設計上は、そう読めます。

ここで大事なのは、要旨に15モデルの名前が書かれていないことです。したがって「最強のモデルが15.2%」という数字を、特定の製品に結びつけることはできません。評価は2026年7月時点のもので、その後に新しいモデルが出ていれば、この数字はすでに古い可能性もあります。

事実として言えること

「最先端15モデルの平均完走率が1.7%」は、著者らが実際に測った値です。ただし「その15モデルは最先端(frontier)である」という部分は主張にとどまります。要旨にモデル名がない以上、そのラベルの妥当性も、モデルセットの新しさも、この文章からは検証できません。

4 静かな本題

1回の失敗に990万token、85分。これが今のエージェントの原価です

スコアの低さより、私たちが注目したいのは資源の数字のほうです。著者らは実際の評価実行から、1回の試行あたりのコストを記録しています。推定値ではなく測定値です。

9.9M
1タスクあたりの平均消費token(実測)
~231
1回の実行あたりのエピソード数(概算平均)
85.3分
1回の実行あたりの平均実行時間(実測)

エピソードとは、エージェントが1手を打って、その結果を見るまでの1往復のこと。231エピソードということは、エージェントはコンピュータと数百回のやり取りを繰り返している計算になります。その間ずっと、自分が何をやったかを覚えていなければなりません。

そして重要なのは、この990万tokenと85分が、失敗したときにもかかるということです。成功率が4.3%ということは、95%以上の試行でこのコストが丸ごと消えます。長時間エージェントの問題は、失敗することだけではありません。高く失敗することです。いまエージェントに長時間の仕事を任せるのが経済的に合うかどうかは、この一点にかかっています。

平たく言うと

1時間半かけて、燃料を満タン使い切って、それでも20回に19回は目的地に着かない配送トラック。そういう乗り物に、今どの荷物を積むべきか——という話です。逆に言えば、短くて明確な仕事(デモに出てくるようなタスク)なら着く。この論文は「デモに出てこないほうの仕事」だけを集めた、と読むのが正確です。

ただし、この3つの平均値にも注意が要ります。15モデル×46問をまとめて平均したものなので、早々に諦めるモデルと、何時間も粘るモデルが同じ鍋に入っています。モデルごとのばらつきは、この数字からは見えません。

5 割り引くべき点

著者自身が批判した「合否採点」を、著者自身が見出しに使っている

数字が刺激的なぶん、留保も正直に並べておきます。以下は論文の記述と、arXivの掲載情報から確認できる範囲の話です。

いちばん効くのは、この論文自身の理屈に関わる矛盾です。著者らは「合否だけの採点では信号が失われる」と正しく批判しました。ところが見出しに使った数字は、0.95という線で切った合否率です。つまり、批判したはずのスパースさを、報告の段階で自ら持ち込んでいます。0.95という線に必然性はなく、0.9にすれば数字は上がり、1.0にすれば10.9%まで下がる——実際、そう下がっています。

そのほかにも、読む前に割り引いておくべき点があります。

気になる点何が問題か種別
プレリントarXiv投稿のみ。査読や学会採択の記載はありません事実
モデル名が非公開要旨に15モデルの名前がなく、「最強=15.2%」を特定の製品に紐づけられません事実
公開は「約束」段階「Long-Horizon-Terminal-Benchを公開する」と書かれていますが、このarXiv掲載情報にはリポジトリURLもライセンスもデータセットのリンクもありません事実
採点者と出題者が同一サブタスクの分解も、報酬の重みづけも、0.95という合格ラインも、すべて著者らの選択です。設計が変われば見出しの数字も変わります構造的
46問は小さい最強モデルの合格が約5〜7問なので、1〜2問の増減が見出しのパーセンテージを大きく動かします。要旨に信頼区間の記載はありません構造的
← 表は横にスワイプできます →

さらに、一部のタスクは実際の実行ではなくシミュレーションエンジンで採点されます。そこで成功したエージェントが証明したのは、シミュレーション内での能力であって、本番環境での能力ではありません。エラーパターンの分析もしたと述べられていますが、要旨の範囲では中身は書かれていません。

2026-07-09
v1をarXiv(cs.AI)に投稿。arXiv:2607.08964
2026-07-13
v2を掲載、これが現行版。全17ページ。PDF、実験的HTML版、TeXソースがすべて入手可能で、手法は独立に検証できます
6 なぜ重要か

「デモの真逆」を測る物差しが要る

留保を全部足したうえで、それでもこの論文には価値があります。理由は3つです。

第一に、業界が言葉を濁してきたギャップに数字がつきました。短くて明確なタスクでは有能に見えるエージェントが、数時間の仕事では崩れる。典型的な最先端モデルの完走率が2%未満というのは、「便利なアシスタント」と「自律的に働く人手」の間にある距離そのものです。

第二に、成功率だけでなく原価が見えました。何を自動化すると経済的に合うのかは、990万tokenと85分を95%以上の失敗に掛け算しないと判断できません。

第三に、部分点という設計は本物の測定問題に手をつけています。ほぼ全部が失敗する領域で合否だけを採っていたら、進歩は永遠に見えません。サブタスク採点なら、見出しの合格率がゼロ近辺に張りついたままでも、モデルが少しずつ先へ進めるようになっていることは分かります。

もしいま社内でエージェントの導入を検討しているなら、ベンダーのデモが何分のタスクだったかを聞いてみてください。この46問との距離が、そのまま導入後の落差になります。

結論

この論文の数字を「AIエージェントの実力ランキング」として読むのは間違いです。モデル名がなく、サンプルは46問、採点設計は著者の選択で、公開もまだ約束の段階。それでも、示された方向は説得力があります。エージェントのデモはいつも短くて、明確で、うまく整えられている。このベンチマークは、その真逆になるようにわざと作られています。ここで測られているのは、「AIが賢いか」ではありません。「長くて、曖昧で、失敗しても高い仕事を、今どこまで任せられるか」です。

出典:Zongxia Liほか13名「Long-Horizon-Terminal-Bench」arXiv:2607.08964 [cs.AI](v1: 2026年7月9日投稿、v2: 2026年7月13日、全17ページ)。46問・9カテゴリという構成、15モデルの評価、pass@1 15.2%/10.9%(最強モデル)および4.3%/1.7%(15モデル平均)、990万token・約231エピソード・85.3分という資源プロファイルは、いずれも著者ら自身の評価ハーネスによる測定値です。「従来のターミナル系ベンチマークより厳しい」「ベンチマークを公開する」「オープンエンドな作業の進捗を捉えられる」「改善の余地を示す」は著者らの主張・設計論であり、本記事執筆時点で独立検証はされていません。査読の有無、15モデルの具体名、コードの公開先はいずれも掲載情報からは確認できませんでした。